まさか、こんなところで再会するなんて。
中野美紀(ナカノ ミキ)は目の前のハンサムな彼を思わず見つめてしまう。
憧れの商社に入社して3年目、美紀は現在25歳。勤続3年にもなると、仕事の要領もわかるようになり、少し余裕がでてきた。仕事のやりがいもグッと具体的になってきて、理想と現実にギャップを感じながらも、とりあえず楽しい毎日だ。
新人の教育も任され、ますます仕事が楽しくなりそう。そう思っていたときに、時季外れの転任者が部署にまわってきた。
どうやらその転任者は、まだ入社して数ヶ月にもかかわらず、期待のホープらしかった。学生から起業のプロジェクトにかかわり、いくつもの実績を作ったというが、あまり気に留めずにいた。
美紀が朝からパソコンの前で書類を作っていると、目の前に男性が現れた。
「中野、先輩ですよね?」
「はい……」
美紀は声のする方へ顔を向けた。すると、立っていたのはハンサムで背の高い男性だった。筋肉がほどよくついているのか、肩幅もしっかりしている。一目でかっこいいと誰もがいうだろうその顔は、初めて見る顔ではなかった。どこかで見たことがある。美紀は必死に記憶を思い出そうとした。
「あ、わからないですか?俺、東条潤(トウジョウ ジュン)です。同じサークルで」
「まさか、あの潤くん?!」
美紀は名前を聞いて驚いた。例の転任者は、あの東条潤だったのだ。東条潤は、大学は違ったが、共通のサークルで一緒に活動をしていた時期があった後輩だ。
美紀は商社に入る前、子どもたちに勉強を教えるのが好きで、教師になろうかと考えていたことがあった。東条もそんな美紀と同じで、教師になろうか商社に行って世界を回ろうかと考えているようだった。
東条は美紀より3つ年下であったが、年下だとは思えないほどしっかりしていた。
また、東条は礼儀正しい男性で、紳士だった。幼いころは海外で育っていたこともあって、女性に優しくエスコートもうまい。いろいろ率先してやってくれたが、押しつけがましくもなかった。
ただ、3つも年下だということを考えると、美紀には恋愛対象にはならないのではという気持ちもあった。憧れに近いだろう好意はあったが、先輩後輩の関係にとどまってしまった。
「よかった。忘れられたかと思いました」
「そんなこと。髪の毛切ったからかな?学生のときとちょっとイメージが変わっていたから」
「あー、学生のときは明るく染めていましたよね。さすがにあの色では勤められないですし。黒に戻しました」
「でも、なんで日本に?途中で留学しちゃったから、海外で就職するのかと思った」
「いろいろ考えてこっちに戻ってきました。これからよろしくお願いします。部署は違いますけど、このフロアに近いので」
「海外営業部だったよね。すごいね、あそこに配属されるなんて」
「みんな優秀な人ばかりで勉強になっています。じゃあ、また時間があったら顔見せに来ますね」
「うん」
突然の再会に驚いた美紀だったが、潤の態度は変わらない。その態度は、昔の感覚を思い出させた。颯爽と歩く姿は、すごくスマートで、背も高いからきっと海外でも目立っていたに違いない。自信に満ちあふれた表情が、とてもまぶしかった。
「さあ、仕事、仕事!」
と、仕事に戻ろうとするも、ふと周囲の視線が気になる。そうだ、新人イケメンと親しそうに話していたからに違いない。きっとみんな彼のことが気になるのだろう。
案の上、お昼休みになった途端、同じ部署の人から潤について聞かれてしまった。優秀な実績に加え、イケメンである彼のことが気になったようだ。みんなが褒め言葉を口にしていることを、美紀は少し自慢に思ってしまった。
まだ大学生のときは、見た目は少し幼いところがあった潤。そんな彼が男らしく成長して目の前に現れたことに、美紀は久々にドキドキしてしまっていた。
「乾杯!」
再会から数日後、潤から一緒に食事をしないかと誘われた。昔話や近状を話したかったので、その誘いはすぐに承諾した。彼が連れて行ってくれたお店は、カジュアルなイタリアンレストラン。お値段もリーズナブルで、どの食事もおいしかった。
さすが、いろんなことを知っている潤に感心してしまう。盛り上がる昔話と美味しいワインに、美紀はすっかり酔ってしまった。そう、気がつけば意識が飛ぶほどまで飲んでしまっていたのだ。
いつの間にか眠ってしまい、目が覚めたとき、美紀は見知らぬ部屋にいた。
「先輩、気がつきました?」
「ん……、ここは」
「俺の部屋です。先輩、酔って寝てしまったんですよ。店から家が近かったから連れてきてしまいました。まずかったですか?」
「水、ほしい」
悪酔いはしないはずだったが、久しぶりに会えた後輩に嬉しくなったのだろう。いつもより飲んでしまったかもしれないと美紀は思った。そうして水をもらって一息つくと、部屋を見回した。まだ引っ越したばかりであるのか、荷物が少なかった。
リビングにはソファとテレビ、テーブル。隣の部屋にはベッドがあるようだった。一人住まいの男性だったらこんなものだろうかと美紀は考えた。
「時間、遅くなってしまいました。どうしますか?」
「え、今何時?」
「夜の0時です」
「電車ないかも…」
「じゃあ、泊まっていきますか?」
<つづく>
次回は3月10日(日)20時に更新!
本日から8夜連続で公開していくので、ぜひお楽しみに♡
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