後に知ったことだが、その家政婦が和子だったのだ。
だがその時の姫奈子は何も知らずに、友達の結婚式に行く時に買ったちょっと高級なワンピースを着て、上司がコッソリと出してくれたお金で髪型とメイクをちゃんとしてもらって、東城院の邸に上司と共に足を踏み入れた。
門と中庭付き、二階建てで地下室もあり、バスルームも3つ、トイレは各部屋に一つずつ、部屋の数は10以上と上司から聞いただけで、姫奈子の頭はパンクしそうになる。
五年前に大手企業から独立した東城院右京は、それと同時に高級住宅地にこの邸を建てた。それを聞いただけでも、以前いた会社で重要なポストに就いていた高給取りであることが分かる。
またホームパーティにはちゃんと複数の料理人を招き、使用人を雇っていることから、今でも仕事は順調なのだろう。
(う~ん……。別世界だわ)
顔では笑みを浮かべながらも、姫奈子は内心困っていた。
お見合いホームパーティは、予想していたよりも居心地が悪い。まず嫁候補の女性は姫奈子を含めて十数人ほどいる上に、共に来ている紹介者が一人ずついる。全員、何とかして東城院右京とつながりを持とうと必死なのだ。
ゆえに目的の東城院右京は、他の嫁候補者達に囲まれて近寄れもしない。
(良家のお嬢様か、モデルのような女の人ばかり……。レベルが高いと思うけど、彼はどう思っているのかな?)
180センチ以上はあるであろう高身長の彼は、一般的に言うと爽やかイケメンだった。色素が薄いらしく、黒に近い色の茶色の髪や眼は光に当てるとガラスのように透き通って綺麗だ。
女性に不自由せず、それでいて男友達も多そうな社交性も見受けられる。現在の仕事や生活レベルだけを知っても、優秀であることは間違いない。
ホストというほど妖艶さはなくとも、芸能界にいればまず人気ランキングで1・2位には必ず入るであろう甘いマスクをしている。
(だからこそ女子の好みにうるさいというのは、あり得るかもしれないわね)
上司の話では、彼は会社をいくつも経営する両親の元に次男として生まれ、家は長男が継いでいる為に、一人で独立して頑張っているとのこと。結婚相手について特に親から厳しい条件は出ていないので、逆に選べる範囲が広すぎて迷っているのかもしない。
(まあどちらにしろ、贅沢な悩みね。はあ……。何だか熱くなってきちゃった)
空調はきいているものの、女性達の右京に気に入られたいという情熱のせいで熱さを感じてしまう。
姫奈子は上司に断りを入れて、こっそりパーティルームから出た。
中庭に出ると風が火照った身体を通り、心地良さを感じる。
「ふう……。少し落ち着いてきた」
イングリッシュガーデンのような中庭には白いアンティークのベンチが置いてあり、姫奈子はそこへ腰かけると大きく深呼吸を繰り返す。咲いている花の良い香りのおかげで、大分身も心もスッキリした。
「それにしても庭もステキね。こんな家に住めたら良いけど、来れただけでも良いわね」
そこら辺の花屋では見ることも買うこともなさそうな、綺麗な黒いバラが目に映る。
「黒バラなんてはじめて見るわ。結構キレイね」
ベンチから立ち上がって、黒バラをもっと近くで見ようと歩いて行く。すると黒バラにまじって、人間の男性の黒い後頭部が目に映った。
(庭師の人かな?)
立ち止まって首を傾げると、その男性が軽く震えながらうめいていることに気付く。
着ている服はブランドのスーツ、おそらく数多くいるホームパーティの参加者の一人なのだろうと姫奈子は思った。
「あっあの、具合悪いんですか?」
思い切って声をかけると、男性はゆっくりと振り返る。
黒い切れ長の眼が際立つ青白い顔色だが、整っており美形であった。おびえた表情を浮かべているものの、その顔の作りにはどこか見覚えがある。
姫奈子はハンカチを取り出すと、男性に差し出した。
「よかったらこのハンカチをどうぞ。誰か呼んできましょうか?」
「……いや、大丈夫」
低く小さな返答をすると、男性はハンカチを受け取って立ち上がる。身長は高く、180センチ以上はあるように見えた。
(あら? もしかして……)
「それじゃあ……」
軽く頭を下げると、男性は邸に向かって歩き出す。
「はっはい……。お元気で」
その後、パーティルームに戻ると、お開きの時間になった。上司と共に帰り際に軽く挨拶を済ませて邸を出る。
上司は特に彼とのことを聞くことはしなかった。手ごたえが全く無かったことを知っているせいもあるだろうが、今までの経験上、今回も無理だと思っていたからだろう。
姫奈子ももちろんそう思っていたのだが……この時の二人の予想は、三日後にひっくり返されることになる。
「にっ西宮くん、大変だ! 東城院様が、ぜひキミと結婚を前提にお付き合いをしたいと申し出があった!」
「……はい?」
お見合いパーティの三日後、出社した姫奈子を見つけた上司はそう言いながら駆け付けて来た。
「こんなことを言うのも失礼だと思うが、まさかキミが選ばれるとは思わなかった。だが今後の人生でこんな良い話はないだろう! ぜひ、受けてくれないか!」
姫奈子よりも必死な上司を見ると、どうやら縁談を結ぶと見返りがあるらしい。
(と上司のことを考えている場合ではないわね。まさかわたしを選ぶなんて……やっぱり変な人なのかしら?)
パーティではろくに話もしなければ、眼が合うことすらなかった。
なのに姫奈子を選んだ。その理由が知りたくて、思わず好奇心が疼いてしまう。
「分かりました。結婚までたどり着けるかどうかわかりませんが、お話、進めてください」
「おおっ! やっぱりそう言ってくれると信じていた! では早速返事をしてくるよ!」
周囲にいる社員達が何事かとポカーンとするほど、上司は上機嫌で浮かれていた。
(まっ、気まぐれか、あちらも好奇心から言い出したことかもしれないから、長続きはしないでしょうけど、おもしろそうではあるわね)
――この時の姫奈子は、そんなふうに気楽に考えていた。
まさか三カ月後、本当に彼の妻になるなんて夢にも思わずに……。
<つづく>
次回は4月11日(木)20時に更新!
なぜか右京に選ばれた姫奈子。明日の展開が見逃せない♪
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