【官能小説】ワンコ系部下と事故チューラブ♡ -第2話-

官能小説

 

第1話

 

「部署全員のノルマ達成、おめでとうございます! 乾杯!」

「「乾杯ー!!」」

月末の居酒屋は、スーツを着た会社員で混み合っていた。人の熱気と煙草の匂いが充満した大衆居酒屋で、部署全員が広い座敷のテーブルを囲んでいる。

あの”事故”から、一ヶ月が経った。亜加梨達の会社は、全員がノルマ達成をした時だけ打ち上げと称した飲み会が行われる。近頃は低迷が続いていたので、今年度に入って初めてのことだった。

店に入る前は億劫だったが、久しぶりの明るい呑みの場は悪くない。亜加梨はビールジョッキを片手に、同期の奈々や同僚達と話を弾ませていた。

「不二野、飲んでるか~」

大きな声がして顔を上げると、斜め前方の席で、課長が槙人に絡みに行く所だった。朝礼の長い課長は、ご多分に漏れずこういう場の話も長い。あぁ不二野くん気の毒に……という空気が流れたものの誰も助け船を出さず、槙人はくだを巻く課長の餌食になっていた。

「お前は中々骨のあるヤツだから、俺ぁ期待してるんだぞ。欲を言えば、もうちょっと貫禄が付くといいんだが……なぁ南!」

「へっ?」                                                    

突然大声で名前を呼ばれ、手招きをされる。酔っ払った奈々がニヤニヤと意地悪に背中を押してきて、亜加梨はため息を吐いた。うっかり、課長と槙人の会話に加わるハメになってしまった。

「貫禄って……俺、まだ入社して四ヶ月ですよ~」

「”もう”四ヶ月だろ。南は、入社半年で企画任されてたぞ」

「え? 本当ですか!?

きらきらと尊敬の光を含んだ槙人の瞳が亜加梨を見る。その明るさにウッと尻込みながらも、亜加梨は頷いた。

「うん。まぁ、やる人がいなかったからだけど――」

「それで入社して三年で教育係だぞ! 南、お前は期待の星だ……南の星、つまり北斗七星だな!」

わっはっは、と豪快に笑う課長に苦笑いしながら亜加梨と槙人は思わず目を見合わせる。北斗七星はその名の通り北の星だし、課長が言いたいのは南十字星だろうが、わざわざ訂正する気にはならなかった。

困ったように眉を下げている槙人に、亜加梨はアイコンタクトする。諦めて。多分最後までこの席から離れられない。

その後も課長は亜加梨を褒めたり、かと思えば「南はいつも朝は眠そうで気合いが足りん」と突然叱責したりと、話は散々続いた。

相づちを打ちながら、手持ち無沙汰にひたすらビールを呑み、意識がぼんやりし始める。気づけば奈々が隣で背中を叩いていた。

「亜加梨~、もうお開きだよ。私たち二次会行くけどどうする?」

「んー……?」

「亜加梨ってば……不二野くん、ちょっと支えるの手伝ってくれる?」

「あ、ハイ!」

遠くで聞こえた槙人の声と共に、ぐいっと肩を持ち上げられた。その大きな手に覚えがあって、亜加梨は一瞬で酔いが引くのを感じた。

「不二野く――」

「先輩、大丈夫ですか? 立てます?」

この台詞で、完全にあの日の資料室が亜加梨の頭の中に蘇った。ドクン、ドクン、と大きく心臓が鳴る。

呆然としている間に、右肩を槙人に、左肩を奈々に支えられ、座敷の下に揃えられたパンプスも履かされた。

朦朧とした中運ばれて、気づけば、繁華街の夜風に吹かれている。

「不二野くんも二次会行く?」

「いや、僕もちょっと飲み過ぎたので……」

「あはは、課長の相手お疲れ様。誰も助けなくてごめんね」

「もー、本当ですよ!」

奈々と槙人が笑いながら喋っているのを、ボーッと聞きながら、右肩が熱い、と亜加梨は思った。あの時、背中に回っていた槙人の手だ。アルコールで理性が揺れ、忘れたはずの感情が亜加梨を支配している。

「不二野くん、お疲れの所悪いけど、タクシー呼んどいたから、亜加梨放り込んでもらってもいい?」

「分かりました」

「じゃあまた週明け~」

「お疲れ様です!」

奈々や同僚の話し声が遠ざかっていき、亜加梨は槙人と二人で街の中に取り残された。槙人の腕にぐっと力が入り、亜加梨の体重を支えてくれる。

大きくて温かい、と思った。隣から、大人の男性の匂いがする。槙人が男なんだと意識してしまい、眠れなかったあの日の記憶がどんどん蘇る。このままではまずい、と心の中でもう一人の自分が訴えている。

「不二野くん、大丈夫、自分で歩ける……」

何か間違える前に離れるべきだと思い、亜加梨は槙人を押しのけようとした。が、手にも脚にも大した力が入らず、ますます引き寄せられてしまう。

「駄目です。タクシー来るまで、ここにいて下さい」

ぽすんと頭を撫でられたと思えば、亜加梨は槙人の胸の中にいた。これでは、まるで抱きしめられているみたいだ。

槙人はおそらく、良心で酔っ払いを介抱してくれているだけだろう。自分だけがドキドキと意識していてバカみたいだ。

しばし無言の時間が流れる。未だふわふわとしている頭は、もはやお酒のせいなのか槙人のせいなのか分からなかった。槙人の体温に包まれていると、繁華街の喧噪がまるで違う世界の出来事のようだ。

「……不二野くん、迷惑かけてごめんね」

「全然いいですよ、先輩にはいつもお世話になってるので――」

胸の中で顔を上げると、槙人の顔が想像よりずっと近くにあった。呼ばれた槙人が下を向いた瞬間、それこそ唇が重なりそうな距離だった。

驚いて亜加梨が目をそらすと、槙人も慌てたように顔を逸らした。槙人の顔は酷く赤いような気がする。呑んでいるせいか、それとも――

「すみません、ご予約の南さんですか?」

その時、路地にタクシーが滑り込んで来て、運転席から二人を呼ぶ声がした。

「はい、そうです!」

槙人はパッと亜加梨の頭に回していた手を離し、返事をする。後部座席の自動扉が開き、亜加梨は支えられたまま座席に乗り込んだ。手が離れるか離れないかという時、迷ったように槙人が顔をのぞき込んでくる。

「……方向一緒なので、乗っていってもいいですか?」

じっと見据える槙人の瞳は、タクシーの室内灯で光って揺れていた。あの日資料室で感じた獣のような鋭さが、見え隠れしている。

「……うん」

亜加梨は、手を引いた。

入社時に見た槙人の住所が、自分の家とはずいぶん離れていることは知っていた。

 

<つづく>

 

次回は3月27日(水)20時に更新!

亜加梨と一緒にタクシーに乗った槙人。一体どうなる!?

 

 

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